レポート苦戦

レポート一本仕上がり
現代政治学の展開
規範的政治理論vs実証的政治理論

政治を宗教に置き換えると…
宗教の計量化
宗教の合理性
宗教の競合生
宗教の利益配分
宗教理論実証主義

なんだろうか、不思議と違和感はない
宗教経済論みたいなものもあればオモシロイヨ

【石川先生からコメント】
親愛なる吉田先生
何時もしみじみと先生のご着眼の素晴らしさや質実さを感じています。
また、私ごときの卑見ながら、先生のコメントを拝し、宗教の~箇所に、宗教文化から導かれた社会機能の~と言う一言を挿入してイメージを膨らませたり、或いは、思考背景に「全くあらゆる観念は何らかの社会機能に受肉する飛躍的な契機を常にうかがっている」とか「近代的な(西欧的な)政治からの宗教色の脱色(ウェストファリアなどイメージしながら)」とか据えながらイメージを膨らまたり、とても勉強になりました。
また、先生とゆっくりお話出来る日を楽しみにしています。拝
【吉田から返信】
さすが石川先生ですね!名著と言われるものの中身を、自分勝手に「宗教」に置き換えると滑稽でおかしいものと、ストンと腑に落ちることがありますね。『政治は「宗教は」活動である。この陳腐な命題にこそ生命がよみがえなければならない。』などなど。
【石川先生からの再コメント】
吉田先生 拝復 お返事ありがとうございます。ご見解、まさにまさにの感慨でございます。余談ですが、最近気が付いた事ながら、よく言われる近世社会に於いて寺社が今日的な地域行政機能を果たしていたこともさることながら、それ以上に地域毎の物的生産力を具体的に補完していた事に目を奪われます。近世漁村や農村の在所の寺社の様々な遺構-寄進者、野菜講中や恵比寿講中やお召し講中など生産基盤と直接する集団との関わりなどなど-にその痕跡を散見します。してみれば、宗教=心の癒しや救い的な文脈に宗教者(信者ではなく)が終始しがちな一面には何時も私は頷きかねてしまうのです。もっとも、現代のリージョナルな経済圏に於ける生産力が、かかる補完の後先からでは到底まかない切れない現実として私たちに突きつけられますが。拝
追伸
吉田先生だと話が弾みついつい申し訳ありません笑。また、続きは近い再会の時に^o^