霊感商法

以前、当寺に霊感商法で買わされたという仏像のお引き取り依頼がありました。
そのときは、このご時世に未だそんなことしている宗教者がいるのか!?と驚きましたが、最近の宗教団体のニュースなどから、今もまことしやかに、そのような憂慮すべきことが起こっていることに、同じ宗教者として腹立たしく思います。
思えば「葬儀のお布施を100万円支払った」とか「戒名を授けてもらうのに80万円かかった」また「お墓を終うのに200万円請求された」などの既存仏教の寺に関する話を耳にしたこともありますが、宗教に関することが、その人に苦しみを与えているとすれば、既存仏教寺院であれ新興宗教であれ、これは宗教ではありません。〝宗教〟を隠れ蓑にし〝信仰〟につけ込んだ非道な行為です。
宗教の基本は〝救い〟です。誰しもが救われなければなりません。
西宮有馬坊でも、改めてこの基本に立ち返り、皆様方の安穏のために尽力しなければならないと心を強くしている次第です。


祈り

世間を騒がしている宗教団体についての一考。
個人の信仰について、その対象が何であれ個人が希望と勇気を与えられるとしたら、それは絶対に尊重されるべきです。
しかし、カルト宗教でよく言われている「無理強いな勧誘」「しつこい勧誘」「心理的恐怖の植え付け」「高額な寄付や宗教品購入の強要」「家族からの引き離し」などの行為は極めて憂慮すべき問題で、これは宗教的行為ではなく反社会的な行為というべきです。
しかし、これらの行為も、団体からの強要ではなく個人が自発的に行い、そのことで精神的安定を得る場合もあり、画一的な定義に基づいた批判をしづらい側面もあります。
また、いかなる宗教的な行為も、その行動原理は〝個人が救われる〟ことにあり、行為の程度が救いの明暗を左右する旨の解釈ができる教義があるもの事実です。
しかし本来の宗教は、行為の程度によって救いが決まるのではなく、行為そのものが尊いのであり、この尊い宗教的行為の第一義は〝祈る〟ことにあります。
宗教の教えにある、「人前で祈りを見せたりするのではなく、暗い部屋に入り一人静かに祈りなさい」という言葉が示す通り、宗教的な行為は自分の中に向けて行われるべきことであり、教団や同胞に対し行われるものではありませんし、ましてや、程度の大きさや寄付の多さで救いが確実になるのでは決してありません。
西栄寺西宮有馬坊とご縁のあるみなさまにとって、心豊かな尊い祈りによって、穏やかにあられますことを心より念願しております。

南無阿弥陀仏



原爆犠牲者追悼供養

西宮市人権平和推進課内・原水爆禁止西宮市協議会のご依頼で、本年も〝原爆犠牲者追悼供養〟を勤修致しました。
日本は77年前、人類史上初めて原子爆弾を投下された国ですが、その日本しかできない平和的な活動が必ずあるはずです。
昨今、世界中が不穏な空気に覆われています。
今日は、戦争でお亡くなりになられた全ての人の御霊に哀悼の意を捧げると共に、世界の平和を心より願い奉ります。

原爆投下時刻 
広島 午前8時15分(昭和20年8月6日)
長崎 午前11時02分(昭和20年8月9日)

デスカフェ

デスカフェ/死について語ろう!
みなさん、思いのほか死生観を持っていて、臆することなく語り合い、予想を遙かに超えて盛り上がることができました。
死について語りながら爆笑できるって、すごい発見。
今秋、デスカフェ・パート2を開催すること決定!
コアメンバーで〝デス酒場〟を決行することも併せて決定!!

デス酒場でデス呑みしてからの二日酔いデス!

お寺で〝車座〟勉強会

お寺で〝車座〟勉強会 開催レポート 令和4年4月22日(金曜日)

〝生きる〟をテーマにした勉強会は数あれど、〝死〟をテーマにした勉強会は、そうありません。「車座勉強会」は〝死〟に近いところで職務にあたる、医療、福祉、介護、葬儀、納棺、宗教の人たちがお寺に集まり、〝死〟について、それぞれ思い思いのことを語りました。
テーマが漠然としていることもあり、特別な成果を得るまでには至りませんが、これだけの人たちが集まった事実はとても大きな意味があると自己評価位しています。

【企画の目的】

今回の企画は、医療・介護・葬儀・宗教に関わる人たちが集い、患者さまや介護サービスの利用者さまが、亡くなりそうなとき、また、亡くなったときに、さらには亡くなったあと、それぞれの立場で、患者さまや利用者さま、ご遺族さまの苦痛や不安を解消するために必要な考え方や具体的な技術、また、抱えている問題点や課題、忘れられない事例などを、各職種の発表者の意見を聞いて学び、さらに他職種連携の手がかりになることを目指します。

会場となる〝西栄寺本堂〟の様子】

名前

「子供に付ける名前の人気ランキング」という新聞記事をみつけました。
一時期、難解な読み方の名前を〝きらきらネーム〟といって、なにかと話題になることもしばしばでしたが、どうやら最近は、読みやすく親しみやすい名前がランクインしているようですね。

ところでいつの時代も、きらきらネームは存在し、それに対し批判する人も必ず存在していて、なかでも、歴史的偉人「吉田兼好」の「徒然草」には「名前を付けるなら読みにくい漢字は使うな!!」と言い切った段があります。

時代は移れども、このような攻防は不滅なのですね。
〝不滅の刃〟から文字って〝不滅のきらきらネーム〟と言っておきます。
全集中!で名前を読まないと、間違えて呼んだら大変…

寺院の号な、さらぬ万の物にも、名を付くる事、昔の人は、少しも求めず、たゞ、ありのまゝに、やすく付けけるなり。この比は、深く案あんじ、才覚をあらはさんとしたるやうに聞ゆる、いとむつかし。人の名も、目慣めなれぬ文字を付かんとする、益なき事なり。何事も、珍しき事を求め、異説を好むは、浅才せんざいの人の必ずある事なりとぞ。

徒然草 第116段「吉田兼好」



ふたたび緊急事態宣言

またしても、コロナ感染症拡大を止めるための緊急事態宣言が大阪兵庫に出るようです。わたしは、大阪本坊に隣接する介護事業部の部長職も兼務しているので、どうしても医療や介護の視点に立ってしまいます。なので、経済活動も重要ですが、今は自粛をして、感染者数を抑え、重傷者も減らし、コロナで亡くなる人を無くすことが何よりもも優先されるべき時だと考えます。

あらためて、「仏説大無量寿経」の一節を噛みしめたいと思います。
天下和順・てんげわじゅん
日月清明・にちげつしょうみょう
風雨以時・ふうういじ
災厲不起・さいれいふき
国豊民安・こくふみんあん
兵戈無用・ひょうがっむよう
崇徳興仁・すうとくこうにん
務修礼譲・むしゅらいじょう

天下は平安であり、日と月は明るく照らし、風と雨はほどよく、災害や疫病も起きず、国は豊かに人々は安らかに過ごし、兵や武器を用いる争いはなく、人々は徳を崇め仁を尊び、努めて礼儀と謙譲を修めます。

現代語訳 大無量寿経 

霊感商法

「引き取りませんか?」といわれて受け取った仏様。
処分の理由を詳しく聞いたら、なんと〝霊感商法〟で40万円で買わされたという仏様。
その後消費者センターに申し出て、ほとんどのお金が返って来たので良かったとのこと。
仏像に罪は無し…合掌

良い仏像やけどなぁ

刑法のおもしろさ

オモロい話満載!
旅館のトイレに置き忘れている他人の財布を持ち帰ると、
遺失物横領罪ではなく窃盗罪。フムフム。

輸血の際、血液を受ける人に針を刺す場合は医療行為だが、
血液を提供する人に針を刺すには同意がなければ傷害罪。

不始末を起こしたヤクザ本人に依頼され、
鋭利な刃物で指詰めを実行した人は同意があっても傷害罪。
フムフム。