試着

お寺の介護はいにこぽん!のいえ
いざ!というときの準備のため
試着してみた。

5分も経たないうちから汗がふきでる。
これは大変だ!

けっしてふざけているわけではなく動きをとれるか確認しているのです。


お寺の介護外部研修

にこぽんデイサービスの研修で〝大石順教尼の記念館〟に行きました。
社会福祉の源泉をひもとけば、宗教的コミニティーの互恵精神に行き着きます。
お寺の介護はいにこぽんは、そのような宗教的コミニティーに限らず、地域福祉の担い手として奮闘していますが、この意義は、お寺の方から現代社会の多様化に合わせながら、より多くの人たちに対して支援することで、地域福祉向上の一助を目指すことにあります。
浄土真宗の教義を伝導することも重要ですが、それと同時に、それ以上に、お寺の介護はいにこぽんでは、お寺の雰囲気が持つ安穏力や、浄土真宗の教義によって導かれた宗教者が持つ包容力と、その中で伸び伸びと働く介護の専門家たちの実践力、この三つの力が一つに編み込まれた〝支縁力〟で、多くの人たちのQOL向上を実現することを最大の課題にしています。

得意げな顔で中央にいる吉田部長
得意げな顔で中央にいる吉田部長

にこぽん全体研修

お寺の介護はいにこぽん秋の全体研修を実施しました。
今回は、いつも通り西淀病院さんからドクターをお招きしての講義と、
にこぽんでは初の試みとなる〝グループワークを〟行いました。
スタッフ皆、積極的に意見を述べて意見交換ができました。
何よりの収穫は、普段、業務上あまり関わることのないスタッフ同士が
しっかりとコミニケーションを取れたということです。
もちろんそこには、お坊さんヘルパーも参加しています。
これこそが、お寺の介護はいにこぽんの特徴です。

こころ塾

西栄寺本山住職の山田博泰先生の「こころ塾」に、来月はいよいよ私も出演が決まりました。
以前より介護福祉士の僧侶として、からだのリハビリはもとより、こころのリハビリに力を入れて取り組んできた中に、こつこつと〝介護セミナー〟〝認知症セミナー〟〝予防介護運動セミナー〟〝アクティブシニア セミナー〟などの講演を実施してきたこともあり、このたびは満を持して大本山お膝元での講演となりました。

とかなんとか少し大げさな前文になりましたが、いつものとおり、わかりやすさと簡便さを大切にしてお話を作るつもりです。

こころ塾のチラシ

看病僧

日本仏教史のなかで、時に奈良時代は主に「官僧」という僧侶が政治を担う重要なプレヤーでした。
一方で、民衆のなかに身を置き、その優れたキャラクターで絶大な人気を博した僧侶たちもいました。その代表的な存在が「行基」です。
彼らのような僧侶の中には、厳しい修行に耐え抜いた超人的な験力を基に、加持祈祷によって病苦を癒す「看病僧」が、現代でいう医者として各地で民衆からの信頼を得ていたと、平安初期に編まれた「日本霊異記」では伝えています。

仏教は、生きるための道を示す教えであります。その教えは、生きることの苦悩を滅する具体的な方法を教授しています。これは釈尊が教えを説いて2500年もの間受け継がれてきた普遍性がその事実を証明しています。
医学についていえば、特に現代医療は〝局地的治療〟が目的であり、人間の本性を癒すものではありません。
生きるために大切な〝抜苦与楽〟を施すのが現代の「看病僧」ではないかと考えます。



緊急搬送

日付が変わって寝静まる時間に〝お寺の介護はいにこぽんのいえ〟から緊急搬送の報告が入り、施設長としての私も自宅から高速道路で施設に向かう。
搬送先の病院で検査を行った結果、明け方に施設へ戻ることができた。
やれやれと胸をなでおろすも束の間、こんどは、夜勤職員が2名同時に退職を願い出た。
おそらく、この時点の私は、自律神経も交感神経メーターがレッドゾーンを振り切り、呼吸も荒く、心拍数も上がり、血圧もたぶん200近くあり、そのおかげで、慢性的な顔の発疹も活況づいて、餓鬼畜生の面だったにちがいない。トホホ。

『ただまさに、やわらかなる容顔(ようがん)をもて、一切にむかうべし』
これは、曹洞宗の道元禅師の 著書「正法眼蔵」で記された おことばで、「どのような状況でも身も心もただ一心に穏やかで和やかな態度で接しよ」という意味。

何事があっても、この意をもって動じない人間力を養わなければ、人様から信を得る僧侶にはなれない。

肝に命ぜよ! 反省!

ひな祭り

介護施設ではおひな様をお飾りして祝っております。
高齢者もおひなさ様をみて、幼き自分の思い出を巡らして心穏やかになってくだされば嬉しい限りです。
私たちは、『今』にしか喜びを感じることができません。
「その瞬間を生きる!」ことはとても大事なことです。
しかし、どのように生きてきたか、どのような素晴らしい体験をしたか、宝物のような思い出がどれくらいあるか、このことは、『今』をどのように生きるのか、を支える重要な要素になります。
一説には、人の脳は、辛い思い出も徐々に美しい思い出に変える働きをするといわれています。
一方で、悲しい思い出や辛い思い出があるから、美しい思い出が際立ってくるともいえます。
どのような人にも、純真で愛らしい幼き時代がありました。
この世に生をうけて、美しい思い出を重ねてきた人生。
「人生〜って嬉しいものですね〜♬」美空ひばり 愛燦燦

施設長

この度2月26日付で、お寺の介護はいにこぽんのいえ(サービス付き高齢者向け住宅)の施設長となります。
そもそも、介護福祉部長として全体を統括していますが、今回この高齢者住宅の運営強化のため部長と施設長の兼務となります。
この世には、一人一人の人間に何かの役割が決められていて、それは社会や組織が決めているといえますが、もっと違う存在が道しるべを引いているとも感じます。
私の場合、やめようと思っていてもその方向に引っ張られたり、巻き込まれたり、自分の意思であるにも関わらず、なぜか自分の意思ではないような気力が起こってそこに居続けたり、よくよく考えれば、この役割を決める根源には何があるのでしょうか。特に宗教や福祉などでは慈善意識がないとその本質が理解できないといえます。「人はなぜ人を助けるのか」この感性は社会や組織によって形作られるのではなく、潜在的な慈善意識がそうさせていて、この潜在的慈善意識は、自分がそこから逃げたいと感じていても、それを許さなかったり、思ってもいない力を与えたりするのではないでしょうか。

予防介護運動指導員

今後、高齢者に対する福祉は予防介護が主流になります。
介護が必要とならないように日頃の運動が極めて重要になります。
でも闇雲に身体を動かしても効果は得られません。
とはいえ、難しく考える必要もありません。
普段の暮らしに少し工夫をすれば、効果の高い運動が可能になります。
お坊さんヘルパーも予防介護に力を入れて利用者さんの暮らしを支えていきます。