新しいご法事

世の中は〝リモート時代〝というべき状況で、会議やミーティング、講演、学生の授業まで、インターネットを経由して自宅にいながら閲覧する機会が増えました。
最初は、この状況に馴染むことができないと感じていても、思いもよらないところで、リモートの便利さを体験すると、多くのシーンで〝リモート参加〟への意欲が湧いてきます。
ご法事は「荘厳」であるべきですが、リモートでそれが体験できるかどうかは、画質や音質、使用する機材のクオリティーで左右すると考えています。
当、西栄寺・西宮有馬支坊では、このような部分にも疎かにせず、新しいご法事を推進して参ります。

西栄寺・西宮有馬支坊の本堂をIphone12で撮影

無参拝の法事

施主さまのご事情で、本日の法事は無参拝で執り行いました。
ただ、無参拝ではありますが、お勤めの次第を動画に記録し、さらに、ユーチューブにに限定公開することで、ご関係の方々に閲覧参拝していただけるようにしました。
今後は、このような取り組みも合わせて、ご供養の機会を提供してまいります。

お勤めに励む吉田僧括

彼岸法要

「お寺の介護はいにこぽん」で彼岸法要を勤修しました。
まだまだ、コロナ渦で油断できませんが、仏さまやご先祖さまを想う気持ちも大切です。
みなさんの「どうか穏やかな日が来ますように」というお気持ちが届きますように…
(-∧-)合掌・・・

仏像

西宮有馬坊には、おまつりしなくなった仏像の引き取り依頼がよくあります。
そのような仏像さまも廃棄せず大切に奉っています。
だれかが、この仏像さま方にさまざまな願いをしてきたことでしょうから、そのような想いはできるだけ永く見守っていただきたいものです。

思わざる

「見ざる言わざる聞かざる思わざる」
見ざる言わざる聞かざるの三猿は、解説するまでもない有名な処世訓ですが、「思わざる」という猿は、三猿のように知られた存在ではありません。
「思わざる」とは「考えない」ことで、あえて考えないように努めることも、難局を乗り越える一つの心構えです。
コロナ渦で不安ばかりを募らせていては、自律神経のバランスを崩し心身ともにすぐれなくなってしまいます。いろいろと考えが過ぎて不安が高まった時こそ、「思わざる」を努めてください。
私も普段から、妻のご機嫌がお悪い時は、「見ざる言わざる聞かざる思わざる」の極意を徹底しているおかげで難局を乗り越えています。

西宮有馬坊の苔

雨の西宮有馬坊

雨の西宮有馬坊は、
水分を恵まれた植物が活き活きとして
とても微笑ましく見えます。
「草木国土悉皆成仏」
〝そうもくこくどしっかいじょうぶつ〟
この世に存在するすべての命には仏が宿る。
物言わぬ植物たちが無性にいとおしく感じる
雨の西宮有馬坊です。

世の奥方たちにも見習っていただければ幸いです…
ってウソです!!
ごめんなさい🙇

地味な動画ですがぜひ一度ごらんください

ことば

朝から、鳥の声が可愛らしく響いています。
「なんてしゃべってるのかなぁ」
「けんかじゃなかったらいいけどなぁ」などと
考えてしまいました。

おもえば、鳥は私たち人間の声をどのように聞いてるのか…
きっと「聞いとりんわ!」と思ってるでしょうか。
(ムリがありました…(-ノ-)/Ωチーン)

真言宗の開祖、弘法大師・空海さまは、
「真理は言葉を超えたところにある(非言不顕)」
と仰せになっています。

渋い!渋すぎる!

いつもことば無く見守ってくださっているあみださま ありがたい

あみださまの世界

あみださまの世界を「極楽」と呼び、
死んで導かれるところであると、
私たちは考えています。
ということは死んでも私の魂が存在し、
私の魂は意識を持ち、それ以上のない、
〝極めて楽しいところに行く〟ことができる
ということになります。
でも、そう教えてもらっても心の底から喜べるか
というと、今生きていることが大事な私たちにとっては、
必ずしもそうではありません。
じつは、私たちの心の中に「極楽」が存在していて、
この存在に気づくことができれば、
生きているうちから極めて楽しい状態になれる
という考え方があり、
これを「己身の弥陀・こしんのみだ」と言います。

生きて良し
死んでなお良し
あぁぁぁ
ありがたいことで
ごくらく
ごくらく

お盆の風景

バイクに乗って一軒一軒お伺いし、みさなんと一緒にお正信偈をお唱えする。
毎年この時期お盆にあるあたりまえの風景。
でも今年は、このあたりまえなことが、いつもより増して何かすごく大切な
ことのような感じます。

あすからも心を込めて…

ワテの愛車