当たり前

春は花
夏ほととぎす
秋は月
冬雪さえて冷しかりけり 『道元禅師』
川端康成はノーベル文学賞の受賞講演の冒頭から
この歌を詠んだ
日本人の持つ自然に対するあの世感
当たり前のようにめぐる四季の情景
もしも、自分の命の時間が残りわずかになれば
この当たり前なことが
どれだけ幸せを与えてくれることなのかが
身にしみるであろう

他力信心

2015ー11/3
果たして、心から仏を信じることができるだろうか…
信じるという行為を徹底的に考察すればするほど、利己的な己が透けて見えてくる。
そもそも、信じ切れば「信じる」という言葉は要らない。
おそらく自分にはそのような信じ切る能力は無いだろう。
しかし、阿弥陀様はそのような私達のことをよく存じておられる。
なので、阿弥陀様の方から私達に信じる力を与えてくださる。
つまりこれが『他力信心』である。
信心とは起こすのではなく、与えられるものなのだ。
そうだ!!私も、娘たちに、父親を信じることのできる力を与えよう!!
結果、全拒否でした(-ノ-)/Ωチーン

南無阿弥陀佛

無量寿仏

2015ー10/20
阿弥陀さまは本当に存在するのか…
阿弥陀仏のことを『無量寿仏』と称することがあるが、無量寿とは、永遠の命。
そして『無量寿光』とは、永遠の光。
つまり阿弥陀仏とは、永遠の命から放たれる慈愛に満ちた光であり、真理そのものである。
ええこと言うなああ〜

南無阿弥陀

夕日の向こうに西方浄土

灼熱

2015ー8/9
灼熱のお盆参り。
ワテはもう日干し化しています ( ̄_ ̄|||) どよ~ん
けれど、こんなワテを、ご家族そろって待っていて下さる方々がいるのです。
供養とは、わたしたちの感謝の気持ちを、み仏さまにお供えし、わたしたちにもともと備わっているほとけ心を養うこと。
つまり、み仏さまよりのおめぐみを実感することであります。
みどり豊かな夏の盛りに、み仏さまとのつながりを、あらためて感じたいものです。
南無阿弥陀

東大寺

2015ー7/18
お坊さんヘルパーがゆく!
利用者さんと外出
東大寺と依水園
およそ1270年もの間
人々を魅了し続けている
盧遮那大仏
利用者さんもワテも
ただただ手を合わせるのみ