《花まつり》
どうか、穏やかな日が訪れますように…
合掌

楽しくなる仏教ブログ 〜らくぶつえ〜
《花まつり》
どうか、穏やかな日が訪れますように…
合掌
お葬儀の僧侶控室にて、
かわいらしい小型の空気清浄機は、
私が入室して間もなく、
「ぶぉぉぉぉぉ~~~~ん!!」
と轟音を立ててフル回転し出しました。
よくみると、感知式自動運転です。
何を感知したのか?
もしかして、
私は、そんなに空気を汚す男なのか?
私の名は〝よしだけいいち〟
イニシャルは〝KY〟
家内からはよく〝空気を読まない男〟
とお叱りをうけますが、
〝空気を汚す男〟とは思いもよらぬダメ出し。
あみださま
どうか、私めを清浄してやってくださいませ。
「清浄光明ならびなし!!」
イラストレーターの黒犬氏と
〝あみださま〟のキャラクターについて雑談。
あみださまと大阪のおばちゃんをかけてみれば
斬新で身近なあみださまになるのではないか!?
ゴリゴリの関西弁で、
「あんた、しってるかぁ?」
と仏教豆知識を披露したり、
「正座して足しびれた?どれ、見してみぃ」
とおせっかいをやいたり
「あんた、これ食べていき!」
とお供え物をくれたり
「仏はほっとけ!!」
などのしょーもないダジャレを発したり
そんなこと考えていたら、
あみださまの頭(螺髪・らほつ)も
おばちゃんパーマに見えてきた!
ほんとうにすみません…
決して悪ふざけではありません…
親しみやすいあみださまを
模索しているのです…
(-ノ-)/Ωチーン
独生独死独独去独来
どくしょう、どくし
どっきょ、どくらい
おおよそ人は、
ひとり生まれ、ひとり死に
ひとり去て、ひとり来る。
突き詰めて考えれば、
人は孤独なものです。
だからこそ、
身近な人が何より大切です。
お堂のお供えに〝いちご大福〟が上がっています。
甘いものに目がない私は、勤行中であっても気になってしかたがありません。
「あのいちご大福を頬張ったらどんなすばらしい甘みが口に広がるのだろうか」と想像してしまいます。
お供えとは、神仏に、暮らしの中で大切で貴重な品物を供えて祈ることです。昔の人たちからすると、砂糖菓子などはハレの日などでしか手にすることのできない贅沢品で、そのような品物はまず神仏に供え感謝することが肝要でした。
さらには、本来ものづくり職人は、最高の品をつくっては供えることの繰り返しで自らの技術を向上させるというお供えの文化があり、それが現在の日本のものづくり大国に繋がっているといえます。
西栄寺西宮坊のお坊さんキャラクターができました。
新進気鋭のイラストレーター「黒犬洋平」さんの作品です。
このキャラクターの名前を「西西くん・にしにしくん」と致します。
今後とも〝西西くん〟をご贔屓に下さいますようお願い申し上げます。
〝西西くん〟西栄寺の西と西宮の西からとって西西である。説法より、人のお話を聞くことを得意とする。若そうに見えて中年。おでこの富士額が特徴。決してMハゲではない。
本年もたくさんのご縁をいただきまして、心より感謝を申し上げます。
ありがとうございました。
西栄寺大阪本坊の餅つき大会です!
介護部のスタッフ有志も集結して、お寺の本堂に供える鏡餅などを懸命に作ってくださいました。
仏教には精進ということばがありますが、〝精〟という漢字は〝米が青い〟と書きます。これは餅つきのことという説があって、米が青くなるまで、つまり餅になるまで突き続けなくてはならない、休んではならないという意味になります。
精進と聞くと、精進料理のイメージのせいか、どこか落ち着いた静寂の感覚がありますが、実は、がむしゃらに突き進むのが精進というべきです。
NHK朝の番組で葬儀に関する特集があり、
葬儀の際お寺に収めるお布施が
全国平均40万から80万だと示されたそうだ。
だとすると当寺は全国平均から
だいぶだいぶ下の方に推移することになる。
実は、私のところには、他寺のお布施が高くて
支払うことができず困っている、との相談が多くある。
私自身の金銭感覚からしても40万といえば大金だ。
大切な家族が亡くなったとはいえ、
それは苦しい出費だと私は思う。
お布施は、収める側が主体でなければならない大原則がある、
「40万を収めたい」と思う人は、
それは本当に素晴らしいことである。
でも「10万を収める」という人も、
同じく素晴らしいことなのだ。
それがお布施というものである。