この度2月26日付で、お寺の介護はいにこぽんのいえ(サービス付き高齢者向け住宅)の施設長となります。
そもそも、介護福祉部長として全体を統括していますが、今回この高齢者住宅の運営強化のため部長と施設長の兼務となります。
この世には、一人一人の人間に何かの役割が決められていて、それは社会や組織が決めているといえますが、もっと違う存在が道しるべを引いているとも感じます。
私の場合、やめようと思っていてもその方向に引っ張られたり、巻き込まれたり、自分の意思であるにも関わらず、なぜか自分の意思ではないような気力が起こってそこに居続けたり、よくよく考えれば、この役割を決める根源には何があるのでしょうか。特に宗教や福祉などでは慈善意識がないとその本質が理解できないといえます。「人はなぜ人を助けるのか」この感性は社会や組織によって形作られるのではなく、潜在的な慈善意識がそうさせていて、この潜在的慈善意識は、自分がそこから逃げたいと感じていても、それを許さなかったり、思ってもいない力を与えたりするのではないでしょうか。